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僕と大家さんの関係性は、「今、この時代だからこそ」

賃貸契約の「甲」と「乙」を超えた新しい関係

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都会の孤独な青年と 都会の孤独なおばあちゃんの交流、ここにあり

──『大家さんと僕』を読ませていただきました。入居者と大家さんの関係性性って、ちょうどよい距離感を構築することがなかなか難しいと思っているのですが、矢部さんは大家さんと非常によい関係性を築かれています。そもそもなぜ、この『大家さんと僕』という本を描こうと思われたのでしょうか?

僕が住んでいる物件は一軒家なんですけど、2階に僕が住んでいて、大家さんが1階で一人暮らしをされています。すごく距離感が近いんですよ。洗濯物を干してて、雨が降ってきたら電話がかかってきたり、帰ったら「お帰りなさい」と電話がかかってきたり、「いただいたメロン半分いかが?」と声掛けしていただいたりしてすごく距離感が近いんですよ。そんなことを楽屋で話していたら結構面白がられたんですね。住んでいるうちに大家さんとの色々なエピソードがどんどん溜まってきて、誰にも話していないこともいっぱいありました。
ある日、京王プラザホテルで大家さんと食事をした後、お茶をしていたら、偶然、『夜王』『女帝 SUPER QUEEN』の原作者である倉科遼先生にお会いしたんです。もともと面識がありましたのでご挨拶したら、「おばあちゃん孝行だね」と言われ、「いえ、僕が住んでいる物件の大家さんです」と答えたらすごく興味を持っていただき、「都会の孤独な青年と都会の孤独なおばあちゃんの交流、ここにあり」みたいな感じですごく感動されたんです。で、「ぜひ作品化したいから、矢部くんが原案を書いてくれないか?」と言われました。それで「こんな感じでどうでしょうか」と4コマ漫画っぽい感じでお見せしたら、「すごくいい!」と褒めていただいて。ヒットメーカーの先生ですし、そんな方に褒められ、調子に乗って描いちゃったみたいな(笑)。まったく違うタイプの作品を世に出している方ですけども結局は人と人とのつながりというところに興味があるんだなと。それがこの本を描くきっかけになりました。先生も出版に向けて各方面に働きかけてくれました。

──絵も独特で温かみのあるタッチですね。

絵の勉強をしたことはないのですが、マンガはめちゃめちゃ読んでいますし、映画も観ていますので素養としてはあったと思います。みなさんも描こうと思ったらできると思いますよ。最近実体験をエッセイにして、ネットで発表するのも流行っていますし。

──これ以前に大家さんとコミューニケーションをとられた経験は?以前、住まれていた物件では、テレビのロケで部屋を使用し、更新時に拒否されたエピソードが『大家さんと僕』に描かれていましたが。

実はその大家さんも、同じマンションに住んでいるタイプの大家さんだったので、エレベーターでご挨拶したり、普段からよく喋ったりはしていました。でも、今ほど深い感じではなかったですね。

──不動産会社から「大家さんがおばあちゃん」と聞かされたとき、どう思われましたか? 1階に大家さんが住んでいる物件に抵抗はなかったですか?

なにも思いませんでしたし、抵抗もなかったですね。家に対して、あまりこだわりがないのです。すごくいい部屋でしたし、この時は住む家を早く決めなければいけない状況だったのですぐ決めました。大家さんが1階に住んでいるといっても元々二世帯住宅の仕様で設計されていて、外階段を使って部屋に入りますので、プライバシーも確保されています。

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誕生日を祝ってくれる大家さん

──大家さんがごはんを作ってくれたりすることはありますか?

それはないですね。「年寄りが作るものは若者に合わないんじゃないか」と、気を使っていただいて、すごく尊重してくれています。

──書籍には、矢部さんのお誕生日に大家さんがおはぎを用意してくれるエピソードも掲載されています。

誕生日を祝ってくれる大家さんて、あまりいないですよね?

──そうですね。なぜ矢部さんの誕生日を知っていたのでしょうか?

よくお茶をするので会話の中で出たんだと思います。好きな果物の話になって、「さくらんぼが好きなんです」と言うと、誕生日に、パックにさくらんぼをぎゅうぎゅうに詰めて、そこにろうそくを立ててプレゼントしてくれたり(笑)。本当に素敵な大家さんなんです!

──大家さんは、以前から入居者さんとそのようなお付き合いをされていたのでしょうか?

僕の前の入居者とも食事に行ったりして仲がよかったらしいです。大家さんは元々ご家族で住んでいたらしいのですが、ご家族が亡くなられて一人になってしまい、それだと寂しいので、新しく住んでくれる人を探したいということで入居者募集したみたいですね。ですので、このような関係性になるというのはある意味必然なのかもしれません。

──家にあまりこだわりがないとのことですが、この物件に決めた理由は?

もともと仕事の関係でこのエリア(新宿)に住んでいるんですけど、広いところに引っ越ししたかったので今の住まいに決めました。前の物件を出ることになったきっかけが、テレビ番組でいろいろやって大量の荷物が家にあったんですね。部屋がワンルームということもあり、寝る場所もなかった。「同じ家賃で広めのところを」と考えて、この22畳のワンルームの物件に引っ越ししたという流れです。

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賃貸契約の甲乙を超えた関係性

──お互いに電話番号は知っているんですよね?

はい。毎日というわけではないですが、ちょくちょく連絡しますね。自然な感じで。しばらく電話に出られなかったりすると、手紙が入っていたりすることもあります。逆に僕がいないときはちゃんと伝えている。心配かけないように。わざわざ言う必要はないんだけど、数日いませんとか伝えていますね。

やはり一つの屋根の下に住んでいると心配になりますよね。ご高齢ですので、家に帰る途中で救急車の音が鳴ると胸騒ぎがしたり、いつもは起きている時間なのに雨戸が閉まっていたりすると、「何かあったのかな」って。
先輩の板尾創路さんから、「大家さんとの賃貸契約の甲と乙の関係を超えとるな~」と言われたこともありました。大家さんに対してそこまで責任を負う必要はもちろんないですけれども、そう言われたらたしかに超えているところがあるなあと。でも、大家さんのために何かできる、例えば荷物を運んだりとか、エアコンをチェックしたりとか、草むしりをしたりとか、頼ってもらって感謝されたりすると、僕自身も嬉しいんですよね。

──不思議な関係ですよね。大家さんと入居者の関係を超えた感情が芽生えたりするんでしょうか?親族だったり、友達みたいな感覚というか・・・。

なんて言ったらいいんでしょうか。うまく言語化できないんですよね。既存の関係性のどれにも当てはまらないということをすごく感じていて、倉科先生も「それが素晴らしい」とおっしゃっていただきました。
こういった関係性というのは、僕以外にもあり得ると思いますし、これからの時代、きっと独居老人、独身男性も増えてくると思います。このような関係性というのがいったいなんなんだろうって自分も考えているのですが、親族とか友達とか簡単な言葉でいい表すことができないんですよね。だからこそ128Pもの漫画にしたんだと思います。インタビューで簡単に「親族のような関係」と答えることに、僕としては違和感があります。「大家さんと入居者の関係以上、親族未満」というのは、キャッチーで分かりやすいとは思いますが、そうではない。親族になろうとしているわけでもないし、友達でもないんですよね。

──この微妙なニュアンスを漫画に封じ込めているということですね。

はい。

──なぜ、この「大家さんと僕」という一見地味なテーマの漫画が、世の中に受け入れられてベストセラーになったと思いますか?

なんででしょうね。もともと自費出版という形で倉科先生が出してくれるという話で、パソコンを使って文章も僕が用意して、そのまま印刷できるという状態だったんですよね。それを新潮社さんが連載してくれるという話になり、それだけで嬉しかった。まあ、ヒットしたというか、いっぱい読んでいただいているのは、たくさん宣伝してもらっているからだと思います(笑)。新潮社さんにも応援してもらいましたし、あと、僕が吉本興業だったというのが大きかったと思います。みんなで応援してくれる会社なんです。

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僕と大家さんの関係性は、今、この時代だからこそ

──一読者として考えたとき、スマフォやSNSでコミュニケーションをとる時代において、人と人との温もりのある関係性が読者に受け入れられたのかなと思っているんですが。

いまどきのコミュニケーションを否定したつもりで描いたわけではないんですよね。

──第2弾もあるかもしれない?

何か描けたらいいなとは思っています。(こういった書籍を出すようになって)TBS『あさチャン!』のお天気コーナーで四コマ漫画をやらせていただくことにもなりました。「暖かい感じの内容でお願いします」っていう感じで。それもこの本を描かせてもらったからだと思います。

──ある意味、相方の入江さんとは違った方向で活躍されていくと。

入江くんも勧めてくれて「描いたほうがいいよ」って、ずっと言ってくれてた。僕は自分から何もしないタイプなので、入江くんや倉科先生が後押ししてくれたおかげでこの本を描くことができたと思っています。

──読者にメッセージを。

いい話ができたかなあ(笑)。繰り返しにはなりますが、僕と大家さんの関係性は、昔に戻ったというより、今、この時代だからこそと思っているんですね。僕のなかでは、落語にでてくるような「大家さんが上」みたいな感じは一切なく、うまく言葉にはできないのですが、とにかく心地よい関係なんですね。年齢も離れているということもあって、大家さんの話をまっさらに聞くことができますし、また、聞いたことのない話が多いので本当に面白い。自分のおばあちゃんとは2、3回しか会ったことがないので、「もっと会いたかったなあ」と大家さんと重ねて考えるときもあります。僕と大家さんとのこの関係は、これからの時代の新しいカタチだと思っています。

本説明
「大家さんと僕」定価1,000円+税 新潮社 刊
「小説新潮」(2016年4月号~2017年6月号)に掲載したものを単行本化にあたって大幅に加筆修正。一風変わった大家さんとの“二人暮らし”を温かいタッチで描くエッセイマンガ。累計発行部数20万部を超すベストセラー。

プロフィール
矢部 太郎(やべ たろう)
1977年、東京生まれの東京育ち。お笑いコンビ「カラテカ」のボケ担当。芸人としてだけではなく、舞台やドラマ、俳優としても活躍している。

 

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この記事を書いた人

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